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カノッサの屈辱 Walk to Canossa           Reggio Emilia

雪がしんしんと降り積もる厳冬のなか、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世は
許しを請うべく、小村カノッサの城に滞在するローマ教皇グレゴリウス7世
を訪ねた。 ハインリヒの度重なる懇願にもグレゴリウスはなかなか面会
に応じなかった。 雪の中3日間、門前に佇み、カノッサ城主トスカナ女伯
マチルダのとりなしでグレゴリウスも譲歩した。

エミリアロマーニャ州、レッジョ・エミリアのカノッサ城 ( Castello di Canossa )
を訪ねてみた。 なだらかな丘に広がる緑の畑、雑木林を抜けて城入口へ。
一間ほどの門からは急こう配の坂を上り山頂へ。
石造りの礎石、残った壁の一部が時の流れを感じさせる。 室内は博物館。 
撮影禁止ではなかったけどレプリカが多くなんか撮影する気分にならない。
で、本物の壁を背景に撮影。

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少しだけ経緯を・・・・・
乱暴にも、一言で言うと、聖職叙任権をめぐり皇帝権が教皇権に屈した
象徴的事件。

神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世はイタリア支配の権力を増すため、子飼の
諸侯をミラノ大司教や中部イタリアの司教に次々と任命。 
教皇の権威を無視した行為に教皇グレゴリウス7世は皇帝に「行為を改め
なければ帝位を失うことになる」との叱責の書簡を送った。
皇帝はこれに激怒し、教皇の廃位を決定。
教皇もローマ公会議で皇帝の廃位とハインリヒ4世の破門を宣言して応酬。

神聖ローマ帝国は混乱し、結果 諸侯は皇帝に反旗を翻す。 
仕方なくハインリヒ4世は教皇に許しを請い、破門を取り消してもらう。
その舞台がカノッサ城。

その後、破門を取り消されて正統な皇帝に復帰したハインリヒ4世は
謀反を起こした諸侯を処罰した。 
しかし、反省してませんね。 パフォーマンスだったんですね。
というか、下剋上の時代なんですね。
謀反を起こした諸侯もハインリヒ4世と同類に違いないし。


それに対抗して教皇は再度ハインリヒ4世を破門。
しかし今度は前回のような効力を発揮せず、ハインリヒ4世は軍を率いて
イタリア遠征し、ローマ教皇グレゴリウスは逃亡先の(現在のカンパーニャ州)
のサレルノで病死した。


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by 1expert | 2009-12-16 04:12 | Italy